2012.05.02 17:39|選手
『思いを言葉にする』                       

 こんにちは。前走者の荒木先生よりバトンを受け取りました松尾由美子です。現在、私は社会福祉法人薫風会風の家で特養の生活相談員として働いています。

 気付けば、大学を卒業後に就職し、早くも4月より9年目に入ります。就職当初はデイサービスで現場を経験しながら相談員として仕事をしていました。3年のデイサービスでの経験を経て、特養の生活相談員に異動になりました。現場経験があったからこその今と思っています。

 今回は、現在職場で取り組んでいる家族会について、話をさせてもらいたいと思います。家族会と聞くと大きな規模を想像してしまいますが、私の職場ではある特定のユニット(ユニット型特養)で家族会を始めて2年が経過しました。
 家族会が始まったきっかけは、そのユニット内の家族間のトラブルでした。たまたま、そのユニットは毎日ほぼご利用者全員の家族の面会がありました。現場スタッフはご利用者の生活を1番に考えて動いています。その中で、家族間のトラブルに巻き込まれる場面が見られるようになりました。もちろん、現場スタッフはパンク状態…。そんな時にユニットの副主任と私に上司から家族会開催の課題をもらいました。
 開催当初の家族会の目的は、家族に今の思いや思っていても言えない思いを言葉にして吐き出してもらうというものでした。私たちもどんなふうに進行していいのかという不安と、手探りの状態でした。しかし、心配とは裏腹に各々の家族が思いを語り、家族同士で言葉がぶつかる場面があっても、他の家族が仲裁に入るという具合に語り合える(お互いをわかり合える)場になっていきました。気付けば、3ヶ月に1回の家族会に定着し、ご家族も家族会を楽しみにされるようになりました。現在は、『ターミナルケアについて』という大きなテーマで家族会を開催しています。
 私自身も家族会を通して、家族の思いを知ることができ、またその思いに対して自分の思いを返しています。課題はたくさんありますが、楽しみながら細く長く続く家族会になるよう取り組んでいきたいと思っています。

皆さんは思いを言葉にしていますか?
 思いを言葉にすることは簡単なようで難しいですね。しかし、言葉にして初めて相手にも伝わり、自分自身がこんなことを思っていたんだ!という気づきにも繋がっていきます。本当に大切なことだと家族会を通して感じています。

 次にバトンを渡すのは、大学の同級生でもあり、仕事上でもお世話になっている北九州成年後見センターで働いている竹内美沙緒さんです。よろしくお願いします。
2012.03.07 16:25|選手
「方言に見るふるさとへの愛着」

 NPO法人障害者支援要会の早川さんからバトンを託されました荒木剛です。現在、西南女学院大学福祉学科に勤務し、ソーシャルワーカーの養成教育に携わっております。今回、早川さんから強引にバトンを託されてしまい、どのような内容にするか大いに悩みましたが、方言について最近感じていることを書きたいと思います。

 突然ですが、皆さんは方言に対してどのようなイメージをお持ちですか。古くさい、格好悪い、田舎っぽい、etc。特に若い人たちにとって方言のイメージはこのようなものかもしれません。私は熊本県の出身ですが、なぜか若い頃から熊本方言に関心があり、同時に深い愛着を感じていました。そのせいか物心ついた時から熊本の大スターだった(?)、ばってん荒川さんが演じるお米ばあさんの熊本方言が大好きでした。
 大学では国語学を専攻し、方言について専門的に学びました。また卒業論文では、熊本県上天草市にある「湯島」という小さな離島の方言調査を行いました(今の仕事とは全く畑が違いますが…)。

 そのような私も熊本を離れてから早くも10年の月日が流れようとしています。現在住んでいる北九州市に来てからは5年が経ちました。もちろん普段は熊本方言を封印していますが、熊本を離れてからはいっそう方言への愛着が深まってきたような気がします。

 思えば方言とは、その人が生まれ育った地域やそこでの日々を体現するものであり、その愛着は、まさにふるさとへの愛着そのものだと言えます。東国原氏が当時の宮崎県知事選で「宮崎ばどげんかせんといかん」と盛ん発していましたが、このフレーズは宮崎県民のふるさとへの愛着心に強烈に響いていたことでしょう。

 しかし近年は、情報媒体の発達などによって標準語化が進み、方言が衰退・消滅しています。こうした状況がさらに進んでいくと、人々のふるさとに対する愛着心も何らかの影響を受けていくかもしれません。また昨今の「社会的孤立」といった問題もこうしたことと無関係ではないかもしれません。言葉が時代とともに変化していくのは仕方ありませんが、ふるさとへの愛着心だけは変わってほしくないものです。

 ところで先日、5歳になる愛娘が会話の中で初めて語尾に「ちゃ」をつけました。この「ちゃ」は北九州ではよく耳にする方言ですが、それを聞いた私は一瞬止まってしまいました。娘にとって北九州の方言を使うのはごく当たり前のことです。しかし、熊本方言に深い愛着を感じている私としては、何か複雑な思いがしました。

 次回の走者は、松尾由美子さんにお願いします。
 松尾さんは、私が勤務する西南女学院大学福祉学科の卒業生です。現在、風の家(介護老人福祉施設)の生活相談員として活躍されておられます。また実習指導者としても、とても熱心に学生指導をして頂いております。
 それでは松尾さんよろしくお願いします。
2012.02.10 10:22|選手
「私が恋愛出来ない理由」

 西嶋智香さんからバトンを受けました、NPO法人障害者支援要会の早川麻里子です。社会人2年目です。最近感じたことについて書かせていただきます。

 「私が恋愛できない理由」。現在ドラマで話題となっている女性の問題です。
20代〜30代の未婚女性の約60%に恋人がいないとされ、その中で今まで一度も付き合ったことがないという女性は25%いるそうです。このように恋愛に巡り会うことが困難な《恋愛超氷河期》と言われる時代となっています。その理由には、女性のほうが男性より地位か高い、理想が高い、恋愛より仕事が楽しい、過去の恋愛を引きずっている、女同士でいる方が楽しいなどの理由が挙げられています。その理由の一つである「女同士の方が楽しい」という理由は、私も共感できます。
 
 私には、青春時代を共にした親友がいます。中学で同じバスケット部に入り、小学校は違っていましたが気付けば一緒にいました。毎日共に汗を流し、キャプテン、副キャプテンとしてチームをまとめてきました。登下校も休み時間もいつも一緒でした。彼女とは、進学した高校は違い、なかなか会う機会がなかったですが、関係が切れることはありませんでした。お互い地元の大学に進学し、頻繁に会うようになりました。これまでの付き合いでお互いの性格や癖を十分わかっているので、気を遣うことはありません。また、家族のことや仕事のこと、恋愛のこと、友達のことなど何の話をしてもわかってくれます。趣味も一緒で、今はビリヤードとダーツにはまっています。好きなアーティストも同じため、何をしても一緒に楽しむことができます。何よりお互い話がつきることはありません。現在は週に1度ペースで会い、年に2度は2人で旅行をしています。喧嘩するほど仲がいいと言いますが、今まで12年間喧嘩は一度もありません。この先、一生付き合っていける友達だと思っています。
 このように彼氏より女友達という女性は少なくないと思います。最近では、女子会というものも流行っています。しかし、恋愛をしなくて良いというわけではありません。恋愛がしたい女性は多くいます。私もその中の一人です。なかなか理想に合う男性に出会えず、恋愛はしましたが、長くは続きませんでした。
 結婚を意識する歳になってきたので、自分に合った男性を早く見つけて、素敵な家庭を築きたいと思っています。もちろん仕事も一生懸命頑張ります。
 
 次回走者の荒木剛さんは、西南女学院大学保健福祉学部福祉学科の講師をされています。在学中は、社会福祉援助技術現場実習指導を担当していただきました。笑顔の素敵な先生です。よろしくお願い致します。
2012.01.05 16:23|選手
タイトル:最近はまっていること

 こんにちは。前走者の江田さんよりバトンを受け取りました西嶋智香です。北九州市小倉北区にあるNPO法人障害者支援要会 カフェ・ラポールで支援員として働いています。ラポールとの関わりは、私が30代前半、福祉の道に進みたいと思い、西南女学院大学福祉学科に編入し、学生時代、ボランティアとして関わったことが始まりです。卒業後、縁あって、代表の江田さんの元で働き始め、今年で6年目を迎えました。まだまだ、修行の毎日ですが、利用者さんが自分らしく生きることができるようにお手伝いをしています。

 さて今回、私が最近少しはまっていることについてお話しします。(まだ、はまりかけているところですが)皆さん、こんまり(近藤麻理恵)さんって、ご存知ですか?著書もあり、テレビでご覧になった方も多いのではないでしょうか。
 私がはまるきっかけは、ちょうど、衣替えの時期に、テレビで見かけ、家族がタイミングよく、彼女の著書を購入したことです。日頃、あったら便利かも、バーゲンで安かったからという理由で購入し(それ程、強く欲しいわけでもないのに)、いつの間にか物が増えていました。自分でも、このままではいけない、すっきりとした生活を送りたいなと、何となく思っていたところ、彼女の片付け術に出会いました。
 彼女の片付け術は、とてもシンプルです。自分がときめくものだけを取っておくというものです。他にもいろいろとルールはありますが、基本はこの考えです。いつか痩せて着られるようになるかも、流行遅れだけど、捨てるにはもったいないからと、タンスのこやしになっているものがたくさんありました。片付けの手始めに、先日の衣替えで、45リットルの袋3個分を処分しました。
 片付けを進めていくと、「体重が減りました」「お腹まわりがすっきりした」などの声が寄せられているそうです。いつも不足感を感じていたけれど、片付けをしてときめくモノだけが残っている状態にすると、必要なものはそろっていると思えるようになり、物欲が減るそうです。何だか体にもお財布にも優しい生活って、いいですね。実は、私、片付けより、このダイエット効果を期待しているのかもしれません。
 私の片付けは、まだ始まったばかりです。身も心もすっきりとし、シンプルで居心地のよい空間になることを夢みながら、続けていきます。

次にバトンを渡すのは、同じ職場の早川麻里子さんです。よろしくお願いします。
2011.12.05 11:19|選手
「前世に学び現世を生きる」

 稲岡さんからご指名いただきましたNPO法人障害者支援要(かなめ)会の代表の江田久美子(こうだくみこ)です。
 現在、要会は北九州市内で障害福祉サービス事業所を運営しております。事業種類は就労継続支援A型です。市内に三店舗の飲食店を開いています。(事業内容については、ホームページをご覧下さい。npo-kaname.com)

 さて、今日は最近興味がある「前世」について書いてみようと思います。(会員リレーの内容は何でも結構とのことですから)皆さんも自分の「前世」について考えたことが一度はあるのではないでしょうか。インターネットでも、生年月日を入力するだけで簡単に自分の「前世」がわかります。ちなみに私の「前世」は「知略武将」だったとか。確かに、私はいろいろ策をねることは好きな方ですが。
 しかし、「前世」を知る本当の意味は何でしょうか。その前に、「前世」とは何かということをはっきりさせておきましょう。あのスピリチュアルカウンセラーの江原さんによると「前世」とは、現世に生まれる前に生きた、すぐ直前の自分の人生のことだけではなく、私たちのたましいは現世で死を迎えても永遠に続き、幾度も再生を繰り返していて、前世の記憶も、幾重にも折り重なっているということだそうです。再生を繰り返すことで、現世で修業を繰り返すということです。修業を繰り返すことで、たましいは上級になるとか。
 「前世」を知ることは現世での「カルマ」を知ることだそうです。「カルマ」とは、この世に偶然はなく、原因があっての結果であり、このことを「カルマ」と言うそうです。
 つまり、現世の「生きる課題」だと勝手に解釈しています。
 現代社会(現世)は、悲しい出来事や悲惨な事故や不安なことがいっぱいです。でも、そのことを嘆いたり思い煩っていただけでは、何も解決にもなりません。嘆いたりするために時間を費やさず、「生きる課題」の解決のために行動したいと思います。つまり世界や日本の幸せがあって、自分の幸せがあるのですから、自分の幸せだけでなく、常に社会のためを考えて、自分の現世の「カルマ=課題」を解決していきたいと思うこのごろです。

 では、次の「会員リレー」のバトンは「西嶋智香さん」に渡します。よろしく。
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